2021年6月17日
11時10分
東海道新幹線
グリーン車内
2021年度の通常国会は、6月16日に終わった。
翌日、9時ちょうど東京発の新幹線に乗って、其扇と蓼丸は地元である京都へ向かう。
といって、単なる帰省ではない。其扇に限らず、政治家は投票によって選出されるわけだから、「地元」の利益と発展に寄与することが本来の仕事だ。ために、国会の会期外にはしばしば地元へ行き、人と会ったり陳情を聞いたりなどする。とくに今回は、国会でどのような討議がなされ、今後どのような動きが予想されるか、支援団体に報告するという大切な目的がある。合間に、まもなく始まる祇園祭の各種準備会への挨拶回りなど、明日以降そこそこ予定は詰まっている。
「何日まで京都にいるんだっけ?」
「とりあえず10日ほどですね。28日、朝10時半京都発の新幹線のチケットを買ってあります」
「そっか」
10日間のスケジュール表なら、数日前に其扇にメール添付で送ってある。其扇の京都での定宿であるRロイヤルホテルの予約も、蓼丸が入れた。其扇の実家は京都市内にあるのだが、継母に遠慮してか、顔を見せに行くだけで寝泊まりはしない。
蓼丸も地元入りに同行する際は、其扇と同じホテルに投宿するのが常だったが、今回、最後の2泊のみ大延家に泊まる予定になっていることに其扇は気が付いているだろうか。
――父さんから、今後のことを話したいって言われてるから。
今後の話とは、いつ地盤を譲るか――すなわち蓼丸自身の政界入りについてだろう。其扇が、蓼丸の大延家宿泊に気付いているなら、その目的についても見当がついているはずだ。
けれども、其扇はなにも言わない。
なにも変わらない。
わだかまりを抱えているようにも見えない。
結局『LGBT法案』は国会提出をせず、再度見直しということに決まったが、そのことについても其扇は、あれ以来一切言及せず、くやしげな様子も見せなかった。
「先生、そろそろ降りる準備をしてください」
列車はとうに米原を過ぎ、あと数分で京都に着こうとしている。
通路側の席に座っていた蓼丸は、もはや見飽きているはずの車窓の眺めを追う其扇の背中へ声をかけた。
「京都では降りない。このまま乗ってく」
「……はい?」
「最終駅まで行くから。これ、新大阪行きだろ?」
蓼丸が戸惑ううちに、新幹線は京都駅を通り過ぎた。
新大阪駅に降り立った其扇は、迷うことなくJR正面口へ向かう。わけがわからないながらも蓼丸は、とにかく後についていくしかない。蒸気機関車車輪のモニュメントの脇を抜け、さっさとタクシーに乗り込んだ其扇は、運転手に、海遊館へやってくださいと告げた。
「先生、それって」
其扇は人差指を唇に当てて、なにごとか問い詰めようとした蓼丸を黙らせる。
理由は訊くなということか。
それとも政治家・其扇ではなく、ただの晟尋として接するようにということか。
おそらく両方なのだろう。
――なに考えてる、晟尋?
蓼丸は、騒ぐ心のままタクシーの振動に身を任せるほかなかった。