真秀は、目立つこともなく、かといって劣ることもない働きぶりの隊員だった。
鬼が出て先頭に立つほどの情熱はないが、後方で見ているだけでもない。
日報などの報告書は滞りなく提出し、素行も穏やかで、他の隊員と衝突することもなかった。
それがなぜか。
隊長である伊武と顔見知りだったことを切欠に、問題児揃いと噂の第三特隊へ配属されることになった。それが数日前のことだ。
鬼の討伐は二人一組が基本だが、真秀の相手はこの部隊でもとりわけ気性の荒い穂純だという。
第三特隊の隊長である伊武も、そんな穂純と真秀を初任務から二人だけで現場に向かわせることに不安があったのだろう。伊武の付き添いの下、三人で向かった。
実際、真秀は穂純の動きに対応するのに追われるばかりで、二人だけであればまともに連携がとれなかった。共に戦っている相手すら目に入っていない。穂純は、鬼を前にすると周りが見えなくなる。聞いていた以上に、その執着は強かった。
そして、本部に戻ってきたのが今である。玄関を跨ぐ前、外套に付いた雨粒を振り払った。
この町では雨が常だ。昼下がりでも汗が滲む時期だが、外套は手放せない。
それから、先の任務で受けた泥を落とす。その間も真秀の胸中はざわついていた。任務は成功した。けれども、隠してきた秘密が露見した。ヨノモリにとって危険でしかない秘密が。ちらりと横目で穂純を見てみると、初めて会った時からすでに悪かった機嫌が、これでもかというほど悪くなっていた。
階段を上り、廊下の奥へ歩を進める。第三特隊という札のついた隣、第三特隊隊長室へと伊武が入った。穂純も真秀もそれに続く。
伊武が席について、さて――。と口を開いた。穏やかな口調に反して、その場の空気は張り詰めている。途端に真秀の肝が冷えていく。
「さっきのはどういうことかな? 真秀君」
「おい、事情なんか聞かずにさっさと処分すればいいだろ」
「穂純君は一回黙ってて」
さっきのこと、とはつまり任務中のことである。それは、秀のこと――真秀といる鬼――に関して聞かれている。
討伐にあたった鬼が、突然真秀に襲い掛かった。不意なことで反応が出来なかった真秀を咄嗟に秀が助けてくれたのだ。その時の真秀は穂純の勝手な行動に翻弄されていたのだから、そうなるのも当然だった。ともかく、鬼が真秀を助けたのだ。隊長がそのことを問い質すのは無理もない。
「真秀君、嘘はつかなくていい。仮に彼が鬼だったとして、直ちに処罰を考えるつもりはないよ」
「何言ってんだ! こんな奴、隊に置いておけないだろ!」
「穂純君。僕は今、真秀君と話しているんだよ」
穂純は殺気立って伊武に言い募るが、伊武の牽制に大人しくなる。その様子を確認して、真秀は伊武に従い口を開いた。
「……彼は、僕と共に生活してきました。普通の人と、ほとんど変わりありません」
真秀の言葉に、ほう、と伊武の眉がわずかに上がった。
「意思疎通もできて、真秀君に味方している、と?」
「はい。人に危害を加えたこともありません。――僕にとって、家族同然の存在です。」
鬼については未だ不明な点が多い。だが、人を襲うという一点だけは共通している。
けれど秀は違う。
「君が呼べば姿を見せてくれるかな。人を襲わないのなら、今ここに呼んでも問題ないだろう?」
穂純が隠そうともせず刀に手を掛ける。いい気分ではないが、今の真秀の立場では伊武の要求を拒否することもできなかった。
「……秀」
名前を呼ぶ。真秀に従う、鬼の名前を。
「――はい」
幽かな返事と共に秀が影の隙間から現れ、そのまま真秀の後ろに立った。その姿を見た伊武は面白そうに口角を上げる。
「随分、幼い見た目だね」
この鬼が本当に、真秀を守るために鬼を倒したのか。伊武はそう感じているようだった。秀の体躯は人間で言えば少年ほどの姿なのだ。けれど、自分の倍もある大きさの鬼を凌駕する力を持っていた。
「主……」
秀がか細い声を出す。状況は理解しているのだろう。あたりを不安そうに見回している。 その様子に、穂純の気配が鋭くなった。
真秀は無意識に一歩前に出て、秀を庇う。
「秀は他の鬼とは違います……!」
「穂純君、落ち着いて。真秀君も大きな声出さないように。聞こえたら困るだろう」
「……ちっ」
伊武がなだめるのも無理はない。鬼を追う男と、鬼を連れた男。仕事の仲間にしていい二人ではない。
「……僕も信じがたいけど、実際に真秀君を守っているのを見てしまったからね。少なくとも敵意があるわけではなさそうだし」
伊武はそう言って秀に歩み寄る。そして、視線を合わせるようにわずかに腰を落とした。
「初めまして」
「は、じめまして……」
秀はぎこちなく伊武の問いに答えた。
それから何度か問答が繰り返される。
………。
………。
「うん。言葉は理解してるみたいだね。大丈夫そうだ」
満足したように伊武がゆっくりと腰を上げる。その穏やかな様子に穂純が気色ばんだ。
「はあ? 本当に殺さないのか」
「殺したら、役に立たなくなるよ。鬼を減らすのに手を貸してくれるかもしれない」
「鬼が役に立つことがあるかよっ!」
いよいよ我慢できなくなったのか、穂純が刀に手を掛ける。
親指で鍔を押し上げ、抜き放とうとしたその瞬間――
「……っ!」
伊武が穂純の動きを止めた。穂純の手首から、みしり、と鈍い音がしている。瞬間、二人の空気が張り詰める。けれど、穂純も伊武に逆らうつもりはないようだ。やがて何も言わずに力を抜いた。
その様子を見た伊武が席へと戻ると、少し考えるそぶりを見せてから口を開く。
「いいかい、穂純君。真秀君の鬼のことは、黙っておくように。真秀君も勘違いしないようにね。隊にとって有用だと判断しただけで、今後どうなるかは、あの鬼次第だから」
穂純は低く唸り真秀を睨んでいる。納得していないのは明らかだった。
彼の態度に不安は残るものの、真秀は伊武に向かって頭を下げる。
「……ありがとうございます」
「うん。今日は疲れただろうからゆっくり休むように」
「本気か?」
「僕たちに力を貸してくれる鬼なんて都合がいいだろう、穂純君」
「――ちっ。いつか化けの皮を剥がして殺してやるよ」
「まったく、穂純君はすぐそれなんだから」
こんな状況だと言うのに、伊武は楽し気な笑みを浮かべていた。
よかったね、ここが第三特隊で。とでも言いたそうだ。
真秀はそれに対して、背筋を伸ばした。
――素行問題なし。目立たず、波風も立てず任務をこなす。
少なくとも、ここにいる者たちは、もう真秀をそうは見ない。
「――真秀君。改めて、第三特隊へようこそ」
了