「Emptiness――東京24区――」

文:中条ローザ




 2020年6月26日(金曜日)
 22時30分
 東京都港区赤坂
 料亭むさし乃 離れ

そのとき、其扇はわずかに背筋を震わせて幾度目かの射精に至った。
もはや抵抗する気力もないのだろう、かろうじて獣の姿勢を保ったまま、後ろから貫く遊馬の動きを受け止めている。
遊馬の掌に放たれた精液は、量もわずかで粘度も低い。
其扇の男性機能は限界にきている。もうなにもない、残っていない。
限界だ、なにもない、残っていない。

「……やめて、ください……これ以上、できない……」
「なに言ってんだ、23時までのアポだろ。これもあんたの仕事なんだから、きっちりやろうぜ? なあ、其扇先生?」
「……――」
「こうやってさ……毎月のお務めを果たせば、俺はあんたの金蔓でいてやるよ。簡単なことだろ?」

月に二度、あるいは三度、カネ絡みのセックスをする。ふたりの関係は、いつからか捩じれてしまった。はじめからやり直すきっかけも要素も、なにもない、残されていない、もう。

「ほら、続きだ」

遊馬は、接合部からいきり勃ったままの性器を引き抜き、其扇の身体を仰向けにする。動いた拍子に、其扇の後孔から遊馬の精液が猥らに生々しく、とろりと溢れ出した。

「……う、あ……」

緩慢な仕草で溢れたものを拭おうとした其扇の手を掴み、組み敷く。

「無駄だろ。どうせまた中に出されるんだぜ」
「……」
「俺のを尻から垂れ流したまま帰ればいい」

遊馬はいつも、同じことを言う。
其扇の絶望的な表情を見るために。障子一枚隔てた廊下で、黙って控えているはずの秘書へ聞かせるために。
ゴムなど一度もつけてやった試しはないし、これからもつけてやるつもりはない。そんなふうにしか、なまぬるい体液しか、其扇の中に残すことができない。

「脚を開きなよ、先生」
「無理です……もう……」
「もう、じゃない。まだ、だ。あんたがこうなることを選んだんだ」

遊馬の気持ちを知りながら、其扇が選んだ道だ。恋などなかったことにして、遊馬は金銭面で政治家・其扇晟尋を支え、其扇は後援会会長・東郷遊馬に抱かれることを。
遊馬が望んだわけではなかった。

抱き合うための柔らかなベッドもない料亭の離れで、秘書に時間を計られながら其扇を辱め、いたぶり、脚を開かせ、ぐずぐずになった後ろへ荒々しく性器を突き立てて犯すことなど望んではいなかった。

「――……っ」
「う、ぁ……あぁ……!」
「……は、はは……っ。なにが無理だよ……あんたの中、すげえ、喰いついてくるじゃないか……」
「あ、あぅ……あ、ぁッ……ま、待って……、入れないで、も……も」
「もっと、だろ、ほら」
「ぅああ……――っ」

濡れた襞を押し広げながら、其扇の中へ入り込む。奥で数回揺さぶってからぎりぎりまで引き抜いて、大きなストロークで抜き差しを繰り返す。
遊馬が腰を送り込むたびに、其扇はかすれた声を漏らす。声は悲鳴ではなく喘ぎだ。
遊馬が残酷に教え込んだ、受け入れる快楽に喘いでいる。何度もいかされ、休む間も与えられずにまたいかされ、際限なく感じさせられ、泣きわめいても許されない快楽を、遊馬は其扇に教え込んできた。
そんなふうにしか、支配者と被支配者としてしか、遊馬と其扇は関われなかった。

「や、め……も、許し、許してください……あ、あ、ッひ……」

弱々しい懇願を無視して、深く浅く貫く。放たれたまま掻き出すことなく残されていた遊馬の精液が、押し込まれてぶちゅりと音をたてる。

「無理、無理……ッ! あ、駄目……!」

追い詰めていく。許してなどやれない。もっと深くへ。本当に、駄目になるまで。

「……あ、ぁ……そ、そこ……あ、ゃ……、あ、ぁ……っ?」
「――……」

晟尋、と声にならない囁きで呼びかけた。
同時に、身体の重みすべてをのせて捻じ込む。閉じていたそこ。入るはずのないそこへ、遊馬の性器を突き入れる。

「――っ、ぐ、ぅ……あ、ああぁ……ッ!」
「く……っ」

其扇の全身が硬直したままびくびくと震える。連動するように、遊馬を受け入れさせられた奥処が痙攣する。内壁がきつく締まり、遊馬のものに絡みつく。
遊馬は、こみ上げる射精感を耐えて律動を続けた。逃げようとする其扇の腰を押さえつけ、繰り返し強く突き上げる。

「ああ、あ、あぁ、いやだ、そ、そこ、なに――あっ、ぁ……や、ぁ、ぁああ……――」

其扇の声に怯えが混じる。絶頂まで上り詰めても、もう其扇には放つものがない。絶頂の先にある得体の知れないなにかに、其扇はただ怯えている。
それでも遊馬は、動きを止めない。その先へ追い詰めるために。なにもかも分からなくなった其扇が、呼びかけに応えてくれるかもしれないと淡く期待して――遊馬、と。

「――……晟尋……」
「いく、あぁ、いく……――い、く……あ、あ、あ――……!!」

未知の感覚を受け止めきれずに身悶える其扇を強く抱きしめた。腕の中の反動を味わいながら、遊馬は射精する。
長く、激しく、眩暈がするほどの快楽に没入しながらも、うらはらな虚しさが遊馬の胸に満ちる。

「晟尋……」

呼びかけに応じる声はない。腕の中の其扇の身体は木偶のようで、すでに意識がないのだろう。
其扇は最後まで、遊馬の名を呼ばなかった。

……
………
…………

……
………
…………

障子の向こうから、ごく小さなアラーム音が聞こえてきた。腕時計か携帯を23時ちょうどにセットしていたらしい。
アラームがやんで、障子が開く。そこには、3時間ひそとも音をたてずにいた蓼丸の姿があった。

「お時間です、東郷様」

いつもながら完璧なポーカーフェイスだ。室内の惨状にも、明らかに気を失っている其扇を見ても、蓼丸は眉ひとつ動かさない。
声も落ち着いている。癪に障る。仕返しに、遊馬は、ことさら下卑た口調で返す。

「今日のところは終わったぜ。初めてのケツイキ決めて失神してるけどな」
「そのようですね」
「無理やり起こしたって、たぶんまともに歩けないぞ? ものすげえよがりようだったから、腰が抜けてるかも」
「ご心配には及びません。口の堅い運転手を車に待たせておりますので」

どれほど挑発しても、蓼丸の態度は乱れない。その冷静さが、まるで其扇との確固とした絆を誇っているかのように感じられて、遊馬の苛立ちは抑えがたく高まった。

「おまえ、今日は帰れ。晟尋の面倒は俺が見る」
「……」
「俺は、晟尋の男だからな」

恋や愛はなくても、ともかく遊馬は其扇の最大のパトロンだ。
カネが集票力に直結する政治の世界でポジションを保とうとするなら、其扇は、遊馬に逆らえないはずだ。当然、其扇の秘書である蓼丸も。
その意味で遊馬は、其扇にとって第一の男に違いない。そのはずだ――が。

「東郷様、勘違いをなさっては困ります」

言下に否定された。

「其扇は、東郷様のものではありません。東郷様がお買い上げになったのは、3時間の其扇の身柄だけです」

蓼丸は、凄い笑みを浮かべていた。忍耐だの打算だの嫉妬だのをとうに乗り越え、情を捨て去った、人間離れした笑みだ。
蓼丸は、その笑みのまま其扇に寄り添い、蒼褪めて閉じた瞼にそっと触れる。優しい仕草だ。そんなふうに、遊馬もしてやりたかった。苛立ちはさらに募る。

「じゃあ、こいつはおまえのものだとでも言うのかよ。ほんの少し切り取って、俺に売りつけただけか」
「まさか。其扇は私のものではありません。誰のものでもありませんよ。強いて申し上げるなら、この国のもの、です」
「……国……?」
「其扇はいずれ、この国の頂点に立ちます。そこで、誰もなし得なかった本物の政治をする。未来の日本にとって、欠くべからざる存在です。ですから、この国のもの、と申し上げました」
「……」
「東郷様がこの先何年、何億円を支払うおつもりかは存じませんが、買えるのは其扇の時間のほんの一部です。その範囲でなら、其扇を好きになさって結構」

馬鹿げている、いっそ狂っていると思うのに、遊馬は言い返せない。言葉もない遊馬を嘲るように、蓼丸は続ける。

「どうしても其扇のすべてを欲しいと思われるなら……そうですね、102兆6580億円をお出しになればいい」

その数字がなにを意味するか、遊馬にも分かる。
2020年度の国家予算総額だ。

「不可能だ」
「ええ、不可能です。ですから、其扇は誰のものにもなりません」

それだけの価値と素質を、蓼丸は、其扇に見出し、賭けたのか。

「汚れは洗えば落ちます。吸い痕も咬み痕も数日で消えます。東郷様が其扇の身体をどうなさろうとも無駄です」

その先は聞きたくない。

「其扇が東郷様を愛することはありません」

聞きたくなかった。
分かっていたことを思い知らされたくなかった。
其扇と遊馬の間になにもないこと、未来も情も、あまつさえ愛も、およそ希望はなにひとつ残されていないことを。

「どうぞ、東郷様から先にお帰りください」

しょせんは幻想で、どこまでも空虚だ。

「次回の予定につきましては、私にご相談ください」

買えるのは、3時間の快楽だけ。
其扇の心は、決して遊馬のものにはならない。

ふたりの間には、なにもない。

……
………
…………

……
………
…………

※ウィンドウを閉じてお戻りください。

TOPへ